1976年、伝説のJAZZ CLUB「ミスティー」で歌い始める。翌年には初めてのアルバム「SHUN」がリリースされ、センセーショナルな反響を呼ぶ。
リーダーアルバムを続けて計3枚、また手元にあるなしを含めた多くのレコーディングに参加、と同時に殆ど休まずに歌う約2年半を過ごしたが、突然渡米する。
2年間のマンハッタンでの生活、そして帰国。約8年間の子育てを主にする家庭生活に入る。その後、日本語の歌を積極的に取り入れた方向で渋谷毅と再会、復帰する。現在は日本語の歌をライブハウスで歌う、CD化するという事は日常化しているが、当時は大変な困難を伴った。が、様々な国の様々な唄を歌い続け、阪神淡路大震災の後に生まれた「満月の夕」と運命的な出会いを果たす。
「満月の夕」を歌うにあたっての賛否両論の中、何年にも渡って毎夜歌い続け、2003年には「第45回日本レコード大賞企画賞」を受賞、数回に渡るNHKTVへの出演や連続ドラマへの挿入歌の提供等、活動範囲を拡げる。


2004年辺りからそれまでの活動を見直し、新たな音とうたの可能性を模索中。
従来の音・うたのあり方から大幅に変化すべく、即興演奏・民族音楽の影響・トラディショナルへの傾倒を反映しつつ、セッションではない継続を、演奏家たちとの終わりのない共同作業へとその時間は積み重ねられており、09年には8年振りの2枚組「Night At The Circus vol,1」を、10年には「PLAYS STANDARD vol,1」「a few little things」を制作。ジャケットは、絵本作家荒井良二氏の描き下ろしイラスト24作品.....という豪華盤を2枚同時発売する。そして12年には「螺旋階段な日常」をリリース、現在に至る。また、10、11、12年とヴェトナムにて歌うなど海外にても活動の幅は拡がっている。

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